ついに昨日、千秋楽を迎えた「夜明け/山内悠@Gallery KOEN」
先日、石蔵で行われたオープニング・トークショウに続き、
紫原にあるGallery KOENで開催されたクロージングにも、
KOEN・オーナー,旅人氏と共に山内氏の話し相手として参加させていただいた。

オープニングで予告していた通り、全ての「答え」を明かすことになった昨日のトークショウ、
富士山だけに関わらず様々な事象の矛盾や問題点を挙げることで、
それぞれが"思考すること"の大切さを(改めて)投げ掛けた今回の企画。
ことフィルムに景色を焼き付けて、
現像して"写真作品"に仕立てるという点において山内悠氏は「写真家」なのだが、
富士山中での経験を経て"メッセンジャー"として空と山に選ばれた氏にとって、
作品はその大切なメッセージの"伝達手段"でもある。風のように鮮やかな色彩や、
呼吸を忘れるほど幻想的な風景に忍ばせた小さな真理の欠片を、少しでも多くの人が拾ってくれたなら、
世界はもっと、まあるく、あかるくなるはずなのだ。
「日常、非日常なんてないよ、そんなん"言葉"がそれを象っているだけで、
どこにいても何をしてても、空の下で暮らす一人の人間や」
区切りをなくすということは、
ただありのままそこに存在するそれを見るということ、触れるということ、愛すということ、
愛とは感情ではなく、ひとつの"感覚"なのだ。そんなことを、
山内氏は体感し、写真という手段で伝えて廻る"メッセンジャー"なのだと思う。
時代はゴォゴォと轟音で流れる川だ、特に311以降、
その川の勢いも水の濁りもそれに浮かぶ屍の数も過去に誰も見たことのない状態になっているように思う。
大量に生産して大量に消費して右倣えで競い争いながら暮らす現代の行く末は容易に想像がつくだろう、
そこにある形式上の"幸せ"は所詮、市場の裏の誰かに操られた既定上の"幸せ"。
これからの時代の本当の幸せについては僕自身、未だ模索しつつもぼんやりと、
ぼんやりと、その答えの尻尾が見えてきているのは強がりではないんだなあ。なんつってみつを締め。
昨日、なんとなく愛に触れることが出来た人は、その愛を、
また次の誰かに伝えましょうね、一緒に。よろしくおねがいします。
- 2012/05/14(月) 20:13:53|
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