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    耳から言葉の虹漏れて


    「小説」という「文学のかたち」から、
    すべての"説明"を省いて、感性が剥き出しの"言葉"に仕立てたものを「詩」と呼ぶ気がして、
    その辺の理屈を(感触を)確認するために参加した先日の「現代詩セミナーin鹿児島」
    講師は2012年『漂流物』で第30回現代詩花椿賞受賞された城戸朱理氏

    詩の歴史を学び、簡単なワークショップを体験して、
    城戸氏と、高岡氏(鹿児島詩人協会会長)による対話形式での「詩とはなにか」をテーマにした講演が行われた。

    対象の歴史を学び、王道を知ることで「崩し」に気付き、
    応用、変化させていくというのは物作り(特に異端と呼ばれる人々)の基本であり、
    ギャラリーMoaのゲージュツカ・セキト氏がいつも言っていることである。そういう意味でも、
    今回のセミナーで然るべき方々から直接学ぶことが出来たのは、刺激的であり、幸福なことに思う。


    講演後の煙草場で、城戸さんに挨拶して自分が本屋を営んでいる旨を伝えたところ、
    さっそく店に足を運んでいただいた。そして2,3の言葉を交わす間に、4冊の本を選び、購入いただく。
    どんな本を買ったかについては伏せておくが、
    直接「詩」に結びつくとは思えないカルチャー書籍や、とあるイカれたパンクスの自伝など。


    その後、関係者だけの打上げになぜか僕もお誘いいただき参加してきたThanks,


    60'ビート・ジェネレーションの話題や、
    現代の若手詩人の作品の傾向や、その流行りのワケ、
    過去に”部族”と呼ばれたレジェンドたちの綴った「詩」と詩について。
    "頭蓋のハードディスク"と、呼びたくなる氏の知識から零れ落ちた歴史秘話や、
    鮮やかな批評、文学の神髄とか。濃密で、
    ラッキーな時を過ごすことが出来て、耳から言葉の虹漏れて。





    お陰さまで、文学に対する姿勢と、知識を、
    少しだけ磨くことが出来て精神のレベルがいっこ上がった(ドラクエの効果音)

    言葉の海が、また広がった気がして。








    日々のこと | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/03/23 13:53
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