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    リチャード・ブローティガンに背骨、くねくね。



    先日、友人のアンディに「リチャード・ブローティガン」という米国の作家をオススメした。

    アンディの空気と、ブローティガンの言葉は、お似合いの気がしたから。


    Richard Brautigan(1935~1984)
    【ビッグ・サーの南軍将軍】でデビューして、
    60年代、米国に吹くビートの嵐の中で活躍をした小説家(詩人)

    村上春樹さんや高橋源一郎さん、
    他にも多くの日本人作家に影響を与えたといわれている米国の作家なのだが(クロマニヨンズのマーシーなどミュージシャン(特に作詞家)で影響を受けたと公言している人も多い)残念ながら、
    60年代の終わりと共に(ビートやヒッピー文化の廃りと共に)
    母国ではすっかり人気を失ってしまったらしい。それでも、
    色彩豊かで変幻自在な比喩の魅力と、
    独創的で味わい深い心理描写、温かく緩やかな言葉が創り出す幻想世界は今も健在だ。


    時を越えて、いまも生きている。


    (ビートの詩人には、ジャック・ケルアックやアレン・ギンズバーグ、ウィリアム・バロウズといった泣く子も黙るレジェンドたちが居るのだが、ブローティガンは彼らの最盛期の少し後の頃に脚光を浴びた作家。それにケルアックやギンズバーグの詩が「牙」だとすれば、ブローティガンの詩は「羽根」のように思える。もっとも、個人的にはそのどちらも好きだし、どちらにも影響を受けたのだが、今回は羽根の方を、、、)

    Richard Brautigan
    (↑クリックでtwitterのブローティガンbotにLink)


    僕は、24歳の頃
    【ロンメル進軍】という彼の詩集の中で綴られていた「なにもかもが完璧なような気がしたので」という詩を読み、完結しない物語の楽しさにハマった。文字が触らせてくれる”風の柔らかさ”も面白かった。頭の中に描かれる二人の距離も絶妙だった。たった数行で、彼の創った完璧な世界が僕の中にも広がった。


    ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


    「なにもかもが完璧なような気がしたので」


    なにもかもが完璧なような気がしたので

    ぼくたちは車を止め

    そして外へ出た

    風が優しくきみの髪をなぶっていく

    こんなにも単純なことだったのだ

    ぼくは向き直り

    きみにいま話しはじめる


    ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::



    「死につつあるきみが最後に思いうかべるのが溶けたアイスクリームだとしたら」
    というタイトルで書かれた詩も面白い。



    ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


    「死につつあるきみが最後に思いうかべるのが溶けたアイスクリームだとしたら」

    そうだな、そういうのが人生かもな


    ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


    自分と対話しながら、
    あどけなく浮かんだ頭蓋内部のイメージに、
    丁寧に言葉を込めていることがわかる。
    (そして、その後の"放り投げた感"がたまらない)



    その頃、ブローティガンの詩だけではなく小説も読んでみたのだが、
    当時の僕にはイマイチついていけず、
    あれから数年経った今頃、
    改めて読み直してその言葉の魅力にメロメロしている。表現の手段に酔わされている。


    どんどん豊かになっていく60年代初めの"ほとんどのアメリカ"の陰で、
    頭の上の圧力が強まるマイノリティの存在があり、
    彼らの祈りや、願いや、反抗が刻まれていたのが当時の文学なのだろう。
    (もちろんそれは音楽や映画など、あらゆる表現の手段に刻まれていたんだけどさ)

    そんな中、
    "60年代のアメリカを描いた新しい文学"と呼ばれた代表作「アメリカの鱒釣り」や、
    詩的幻想小説「西瓜糖の日々」、ブローティガン入門編にちょうどいい短編集「芝生の復讐」
    不器用な男女の風変わりな恋物語が描かれた「愛のゆくえ」など、
    小説と詩の真ん中にあるブローティガンの"文学"は、
    まるでその時代の"空虚"を埋めるような存在だったのだろうね。
    人の"表現"と、その時代の"求めるモノ"の合致、

    そういう意味で、
    僕は2013年のこの"空虚"も、
    "ブローティガンの文学"で埋めることが出来る気がしている。
    朝夕の風がようやく心地良くなってきた今の季節にちょうど似合う物語、
    もちろん、BooksSmileの本棚にも隠してありますん。


    それにしても、
    海外文学は翻訳家の感性が相当重要になるわけだが
    ブローティガン作品の一連の翻訳を担当された藤本和子さんのソレは素晴らしい。
    彼女なくして、日本で彼の作品がここまで読み継がれることはなかっただろうな。



    Twitterで、ブローティガンbotをフォローすれば、その言葉の面白さを知ることが出来る。
    (もちろん、その"翻訳"の上手さ美しさも)




    ・追伸

    これらの作品が世に出た60年代後半から70年代の始まりにかけて、
    ブローティガンも藤本さんも、
    今の僕とほとんど同じ齢の頃と知り、嫉妬してなぜか背骨くねくねした。
    気になる作家 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/04/20 21:00
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